とちぎ秋祭り

栃木市のメインストリートである蔵の街大通りを主会場に行われる。この祭は山王祭で引き回されていた「静御前の山車」(山王祭九番。江戸時代の山王祭の山車行列参照)や、宇都宮にあった「諫鼓鶏の山車」を明治7年(1874年)に栃木の商人が買い取り、栃木県庁で行われた神武祭で披露したことを起源とする。以来、各町が新たに三国志の人形の山車などを製作し、栃木で慶事がある都度にこれらの山車を市中で披露し、昭和12年(1937年)以降はほぼ5年毎に山車祭りが開かれるようになった。この山車祭りを主催事とし秋に隔年開催としたのが「とちぎ秋まつり」で、隔年11月の土曜・日曜に亘って2日間開かれる。
祭当日は本行事のために東京発着の臨時列車も運転され、他地域からの観光客も多く訪れる。

歴史

今から遡ること約100年以上前の明治7年(1874年)・・・
栃木町(現在の栃木市)にて行われた神武祭典で、山車を披露したことが栃木秋祭りの始まりとなっています。
神武祭典で披露された山車は、
* 倭町(やまとちょう)三丁目が東京の日本橋から購入した「静御前の山車」
* 泉町が宇都宮から購入した「諫鼓鶏(かんこどり)の山車」
という2台の江戸型人形山車で、どちらも大変華やかなものだったそうです。
この出来事がきっかけで、栃木では山車への関心が高まり、各町は有名な人形師や大工に山車の製作を依頼するようになります。
明治26年(1893年)には、6台の山車が完成し、栃木県初の商業会議所開設認可に関する祝典など様々なお祝い行事で曳き出されました。

その後、明治38年(1905年)になると1台の山車が新たに完成し、合計9台の山車はその翌年の神明宮・招魂社祭典に参加します。
それだけでなく、会議所の祝典や奉祝祭等でも曳き出されるようになり、次第に現在のお祭りの形が出来上がっていきました。
昭和12年(1937年)に栃木町から栃木市へと市政施行されてからは、約5年ごとにお祭りが開催されるようになりますが、平成18年(2006年)から、2年に1度の開催へと変更されました。

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takuji

こんにちわ。
クエン酸と、テニス大好き少年です。プレーするのも、観戦するのも大好きです。
得意なのはフォアストロークです。アプローチから相手を追い込み、ボレーで決めるのが
基本的なスタイルです。苦手なのはバックです。弱点を隠し、なるべくフォアに回り込んで打つ癖で、弱点が余計に目立つようになりました。
これからも、弱点から逃げずにバックを克服していきます。

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