経歴

ペレはブラジルのミナスジェライス州トレス・コラソンエスで1940年10月23日に生まれました。父親もサッカー選手でしたが、それほど優秀な選手ではなかったそうです。ペレはサントスFCでプロになり、数多くの国内外のクラブタイトルをもたらしました。
ブラジル代表としては、4度のワールドカップに出場し、そのうち3回もワールドカップ優勝に導きました。
1974年に一度サントスFCで引退しましたが、翌年北米サッカーリーグ(NASL)で現役復帰。3年間プレーしてアメリカサッカーの発展に貢献しました。
引退後は、国際サッカー連盟の大使や、ユニセフの親善大使などを務め他方面で活躍しています。

背番号10がエースナンバーになったのは

現在はサッカーチームのエースナンバーは10番と考えている国が多いです。10番はチームで一番上手い人や、創造性溢れるプレーをする人がつける番号だと考えられています。実は、このエースが10番をつけるという考えは、ペレがたまたま10番をつけていたからと言われています。
世界中の子供達がペレのプレーに憧れて、ペレが付けていた10番をつけたがったのでしょう。10番をつけたい人が多く取り合いになったので、一番上手な人がつけることができた、という感じでしょう。

ペレから始まったペナルティー制度

テレビやインターネットが普及していない情報伝達の遅い時代に、様々なプレーを考案し実行してきた開拓者がペレです。その一方で、ペレのプレーを止める為にラフプレーが横行し蔓延する結果となり、1966年W杯後にペレは「もう2度とワールドカップには出場しない」と宣言していたそうです。その結果、ラフプレーへの対策として、今では当たり前となった、選手交代やイエローカードとレッドカードの制度が導入されるなど、ペレの存在がサッカー競技に変化をもたらした功績はとても大きいですね。

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