11月に行われるお祭りを紹介します。ぜひ見たことがない人はご覧あれ。その21
下総三山の七年祭りは6年毎の丑年と未年、数えで7年目となるので、このように呼ばれています。
下総三山の七年祭
下総三山の七年祭りは6年毎の丑年と未年、数えで7年目となるので、このように呼ばれています。その起源は、馬加康胤の安産祈願と安産御礼の故事に由来すると言われています。9月の小祭は二宮神社だけで行われ、かつては湯立ての神事で大祭の日を占ったそうですその後の大祭は、1日目の夜に習志野市鷺沼で禊式、2日目は安産御礼大祭、3日目未明に千葉市幕張で磯出祭が行われます。特に安産御礼大祭における神揃場で9つの神社の神輿の集合と、後二宮神社に挨拶のため神輿が昇殿する場面は勇壮です。
由来
室町時代、馬加(千葉市幕張)の城主であった陸奥守康胤<むつのかみやすたね>(千葉康胤)の奥方は懐妊して11ヶ月になっても出産の気配がありませんでした。そこでいたく心配した康胤は二宮神社(三山村)・子安神社(畑村)・子守神社(馬加村)・三代王神社(武石村)の神主に命じて、馬加村の磯辺に地を相会して安産祈願の祭礼である産屋の古式を執行しました。これを【磯出祭】といいます。すると、まもなく奥方は男子を安産しました。 康胤初め家臣・領民はことのほか喜んで、この御神徳に報いるために、総社である二宮神社に安産御礼の大祭を執行することを領内の村々に告げ知らせて、康胤は若殿を伴い、家臣一同を引き連れていとも麗やかに大祭を行いました。これを【安産御礼大祭】といいます。 後年、この二つの祭(安産御礼大祭と磯出祭)を一つに合わせて同時に式事を執行するようになりました。現在のように七年毎の丑年と未年に行われるようになったのは、享保12年(1727年)であると伝えられています。
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こんにちわ。
クエン酸と、テニス大好き少年です。プレーするのも、観戦するのも大好きです。
得意なのはフォアストロークです。アプローチから相手を追い込み、ボレーで決めるのが
基本的なスタイルです。苦手なのはバックです。弱点を隠し、なるべくフォアに回り込んで打つ癖で、弱点が余計に目立つようになりました。
これからも、弱点から逃げずにバックを克服していきます。
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