はじめに

みなさんはプロ野球の沢村賞という言葉を聞いたことはあるでしょうか。
よく聞くのは一番優れたピッチャーに贈られる賞ですね。
なぜ沢村賞と名付けられたのでしょうか
今回はそん沢村賞について少しですが紹介したいと思います。

沢村賞とは

日本のプロ野球創設期における伝説の大投手、沢村栄治を記念し、シーズンで最も優れた先発完投型の本格派投手に授与される賞。受賞者には金杯と副賞300万円が贈られる。正式名称は沢村栄治賞です。

沢村栄治とは

日本プロ野球史上に残る伝説の選手の一人でもあり、戦前のプロ野球界で、NPB史上初の最多勝利を獲得し、NPB史上初の最高殊勲選手(MVP)も受賞。史上2人目のシーズン防御率0点台や、史上初の投手5冠(1990年代に宇佐美徹也が提唱)に輝き、史上初のノーヒットノーラン達成(及び最多タイの3回の達成)など、さまざまな記録を打ち立てました。

速球派ピッチャー

直球について、小中高と沢村と組んだ捕手の山口千万石曰く「打者の膝元でホップ」し、彼の指を曲げるほどの威力があった。実際に対戦している元大阪タイガースの松木謙治郎も「浮き上がってくるのでバットに当たらない」ということを何度も強調している。

巨人軍第一次アメリカ遠征のおり、三宅大輔監督の指導により、物理学のてこの作用を応用する合理的な投球方法で、投球の際にボールを握った右腕を後方にぐんと引くバックスイングと同時に、左足を思い切り高く空中に揚げて、その大きな反動を最大限に利用し、鋭くボールを振り抜くという方法を会得。それまでの剛速球にさらにスピードが乗り、多大な効果を発揮した。三宅監督は沢村の旧来の投球フォームがこれを利用するに適していたため取り入れたという。

ベーブ・ルースから三振を

戦前の日米野球でベーブ・ルースらから三振を奪ったことで知られ、プロ野球草創期に読売巨人軍のエースとして活躍。徴兵時の負傷などにより引退した後、44年、27歳で戦死。

沢村賞の基準

81年までは記者投票制であったが、82年から基準を設け、選考委員会の選考による決定となった。選考基準は(1)15勝以上の勝利数、(2)150以上の奪三振数、(3)10以上の完投試合数、(4)2.50以下の防御率、(5)200イニング以上の投球回数、(6)25以上の登板数、(7)6割以上の勝率、の7項目。

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