好調楽天の原動力

只今、パリーグで福岡ソフトバンクホークスと首位争いを演じている東北楽天ゴールデンイーグルス。
その好調楽天の立役者ともなっているのが、7/6現在で、33試合に登板し未だ防御率0.00。自責点を取られていない最強中継ぎ投手・福山博之選手です。
演歌歌手の北島三郎に似た風貌から「サブちゃん」との愛称で、チームメイトやファンに親しまれています。
昨年まで3年連続60試合登板を果たしている一流のタフネス右腕ですが、福山選手ですが、その野球人生はエリートとは程遠いもので、またここまで辿り着くプロセスはとても面白い物語があります。

高校時代は無名の選手。偶然の出来事からプロ野球選手になるまで成長した

福山選手は島根県の大東高校出身。
チームは県で3位になり、中国大会に出場した事があるも、甲子園出場はなく無名の存在でした。ポジションも投手ではなく内野手でした。
高校卒業後、大学野球の強豪・大阪商業大学に一般入試で入学。
勿論、野球部からお声がかかった訳でもなく、野球部も入り方も分からないままでいました。
しかし、たまたま受講してた教授が野球部の顧問だった事で、なんとか入部したという経緯だったのです。
そして入部後の自己紹介では、無名である自分の事は誰も知らないと思い、ポジションは投手ですと嘘をついてた本当に投手になったというのがきっかけだったのです。

しかし福山選手の当時128キロとスライダー程度しか投げれました。
そんなある時、近所の公園で練習してたら、犬の散歩中の叔父さんに速球に投げ方を教わると、みるみる球速が上がり、148キロもなげれるようになりました。
実はその時教わったおじさんが、後にチームメイトになる元横浜ベイスターズの金城龍彦選手の叔父だったのです。
その後、無名の存在だった福山選手は不動のエースとなり、2010年のドラフト会議で横浜ベイスターズからドラフト6位指名を受けました。
福山選手は思わぬ偶然の出会いから、プロ野球選手に駆け上がったのです。

2年目に戦力外通告を受け、そこから這い上がオールスター出場を果たす。

福山選手は1年目から最速152キロの速球を武器に、一軍で19試合登板。2年目は不調で2試合登板の急激に出番がなくなりましたが、さぁ来年こそ!と思った矢先に、投手として戦力外通告を受け野手転向を迫られました。
しかし、福山選手は、ケガもなく投手としてまだやれると思い野手転向断り横浜ベイスターズを退団。トライアウト参加し、見事楽天に入団を果たします。

そして楽天に入団しその年に優勝・日本一となり、福山選手もロングリリーフの役割で22試合に登板し優勝に貢献。しかし日本シリーズで投げれなかったことが悔しく満足できない気持ちから、その年のオフに体重を増やすようにすると、
結果低めに球が集まるようになり65試合に登板し防御率1.87の大活躍。オールスター出場を果たしました。

アンビリーバボーなトレーニング方法

福山選手のアンビリバボーなところは野球人生だけではありません。
トレーニング方法もアンビリバボーです。
毎年、自主トレでは生がき、生肉、消費期限切れの食品をあえて食べ、胃袋を鍛えるという常識外のトレーニングを行っています。
福山選手曰く、「ノロウイルスにかかったらそれまで。それでも投げられるようにする。その練習ができます。シーズン中には熱があっても投げなければいけない日もありますから」
 と違った角度から、1年間投げ抜くタフな肉体を作り上げています。
これもまたひとつ、未だ防御率0.00で居続ける要因かもしれません。

関連するまとめ

野球人口減少を食い止めろ!その対策案

野球人口減少を食い止めるには、プロから力を入れていかなければなりません

ランディ・アロザレーナ

ランディ・アロザレーナは、キューバのハバナ出身のプロ野球選手。

2022年寅年のプロ野球選手

寅年生まれの人は前向きでチャレンジ精神が強く、どんなことにも強い信念を持って挑んでいく傾向があります。 たと…

関連するキーワード