いてまえ打線

「いてまえ」とは大阪弁で「やっちまえ」を意味し、まさに近鉄バファローズの「いてまえ打線」は打線の雰囲気と地域性を同時に表すネーミングでした。

この名称は、近鉄選手が相手投手を打ち込んだ際に近鉄応援団が「いてまえ〜」と掛け声をしていたことに由来し、リーグ初優勝する1979年頃に、ファンの間で自然発生的したものであると、当時の応援団長佐野正幸が書籍に綴っています。

その後、1990年代前半にマスコミの間でも広く浸透し、2004年の近鉄球団消滅まで使われ続けました。

そんな豪快な「いてまえ打線」の凄さを特に象徴するシーズンだったのがリーグ優勝を果たした2001年でした。

この年は、当時の本塁打日本タイ記録の55本塁打を放ったタフィ・ローズに、打率.320 46本塁打 132打点の好成績を残した中村紀洋を軸に、チーム打率.280 本塁打211本 770得点と圧倒的な打撃成績を残しました。その一方で投手陣は投手陣は、防御率はリーグ最下位にも関わらず、その打棒で投手陣の不調を帳消しにする威力ある打線でした。

ミレニアム打線

ミレニアム打線とは、2000年シーズンの読売ジャイアンツの打線の名称。前年まで球団ワーストタイの3年連続で優勝を逃してしまった事により、この年は優勝を厳命とされていたシーズンでした。そして、この年はFAで広島から江藤智が加入し、松井秀喜、高橋由伸、清原和博、ドミンゴ・マルティネスの大砲を揃えた夢の超重量打線が完成し、当時の巨人軍監督である長嶋茂雄がその年がミレニアム(新千年紀)と呼ばれていたことにちなんで命名されました。

ミレニアム打線はその戦力通り、驚異的な打棒を見せ、球団初のシーズン200本塁打を達成。

その年は見事4年ぶりのリーグ優勝、6年ぶりの日本一に輝く事となりました。

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